白髪を見つけるたびに、
私はいまだに心の中で呪っている。
お前はまだ
この世に生まれてきてはいけない者。
眠りたまえ。
そう呟いて、抜く。
だって、まだ許せないから。
白髪と向き合っている、
なんてきれいな言葉では言えない。
これはたぶん、抗っている最中だ。
目次
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46歳は、白髪が増えた年ではなく「腹をくくった年」

このブログは、
白髪を受け入れた人の答えを書いたものではない。
いまだに呪いながら、
それでも現実的にできることを探している
48歳の記録だ。
検索でここにたどり着いた人は、
きっと一度は思ったはずだ。
「で、これを書いているのは、どんな人?」
その疑問に、誠実に答えておこうと思う。
私は、ただの白髪に悩む一人ではない。
美容師免許を持ち、臨床栄養医学を学んだ「情報の目利き」として、
この呪いに論理(ロジック)で立ち向かおうと決めた人間だ。
48歳の今から振り返ると、46歳は分岐点だった
白髪に限らず、
体の変化というものは、
ある日いきなりやってくるわけじゃない。
たいていは、
「なんとなく前と違う気がする」
その違和感から始まる。
私の場合、それがはっきり形になったのが
46歳の頃だった。
今、私は48歳だ。
でも、このブログで何度も立ち返るのは、
今の年齢よりも、
あの頃に感じた引っかかりのほうだと思う。
「46歳」という転機

46歳になったから白髪が増えた、
という単純な話ではない。
むしろ逆で、
白髪や体の変化をきっかけにして、
「あ、これはちゃんと向き合わないといけないやつだ」
と腹をくくった年が、46歳だった。
それまでも、
健康にはそれなりに気を使っていた。
栄養のことも勉強していたし、
食事も、周囲から見れば
かなり意識の高い部類だったと思う。
でも46歳のとき、
それまで積み上げてきた“正しさ”が、
ふと効かなくなる感覚があった。
「正解」を求めて迷走した、健康オタク期の落とし穴

46歳で自分の変化を突きつけられた私は、
一度、盛大に「こじらせる」ことになる。 「もっと完璧にやらなきゃ」 「まだ足りない成分があるはずだ」 「どこかに、白髪を一掃する魔法の正解があるはずだ」
いわゆる、健康オタク期のフルスロットル状態だ。
美容師としての知識もあり、臨床栄養医学も学んでいた。
だからこそ、情報の海に溺れた。
「この成分は髪に良い」
「でもこの論文では否定されている」
「あっちのサプリは高価だけど、こっちは安すぎて怪しい」。
知識があるからこそ、白髪よりも先に、
自分自身の心を追い詰め始めていた気がする。
けれど、そんな混迷の中で私を救ったのは、
皮肉にも私の性格である「疑う癖」だった。
「これ、本当にすべての人に一般化できる話?」
「一部の極端な事例を、さも全員に当てはまるように言ってない?」
「理屈はわかる。でも、今の私の生活に落とし込んだら、これ続けられる?」
私は自分自身を最大の実験台にすることにした。
巷に溢れる「白髪に良い」とされる習慣や商品を、
専門知識というフィルターにかけ、自分の体で試し、その反応を冷徹に観察する。
そうやって一つずつ、「ただの流行り」と「自分にとっての真実」を仕分けていった。
そのプロセスを経て、私の白髪に対する向き合い方は、
盲目的な「正解探し」から、「納得できる選択」へと変わっていったのだ。
エイジングを見つめたら、人生の「投資先」が変わった

白髪やエイジングを考え始めたからといって、
生活が急にストイックになったわけじゃない。
食事も、働き方も、
時間の使い方も、
劇的に変わったというほどではない。
ただ、ひとつだけはっきり変わったことがある。
雑に扱えなくなった。
食事を抜くとか、
無理を気合で押し切るとか、
睡眠を削って帳尻を合わせるとか。
「まあいいか」で済ませてきたことが、
ある日から、済まなくなった。
それは意識が高くなった、というより
雑にすると、ちゃんと跳ね返ってくる年齢に入った
という感覚に近い。
エイジングを考え始めたことで、
人生全体の扱い方が、
少しだけ丁寧になった。
若返りたいわけじゃない、でも諦めたくもない
よくあるアンチエイジングの文脈には、
どうしても馴染めないところがある。
若作りしたいわけじゃない。
年齢をなかったことにもしたくない。
でも一方で、
「もう年だから仕方ない」と
投げやりになるのも違う気がしている。
白髪を呪っている自分も、
抗おうとしている自分も、
どちらも否定したくない。
たぶん私は、
諦めきれない側の人間なのだと思う。
それは見苦しいことでも、
往生際が悪いことでもなく、
今の自分には必要な感情だ。
このブログの立ち位置は、
その中間にある。
若返りを売らない。
でも、抗う気持ちも切り捨てない。
このブログでやりたいこと

このブログで、
誰かに正解を押し付けるつもりはない。
不安を煽るつもりもないし、
かといって
「何もしなくていい」と
無責任に言う気もない。
白髪やエイジングに対して、
考える余地を残したまま、
一緒に整理していけたらいいと思っている。
たぶん、
それくらいの距離感が、
今の自分にはちょうどいい。
さいごに
私は白髪を受け入れきれたわけでも、 うまく付き合えているわけでもない。
いまだに呪っているし、 それでも、考えることはやめていない。
このブログは、 白髪やエイジングに対して 決してきれいな答えを出す場所ではないです。
抗いながら、 雑に扱わず、 その都度考えていく。
その記録を、 ここに残していこうと思っています。

